はじめよう!デジタル・シティズンシップの授業2 実践事例の紹介

2024年12月に発売となりました、JDiCE編 日本標準 発行の書籍「はじめよう!デジタル・シティズンシップの授業2」に関連する情報を取りまとめました。年末年始に読んでみよう、紐解いてみよう、という方のために、掲載されている内容と先日、筆者の皆様が登壇して行われた「オンラインゼミ」の内容も併せてまとめましたので、ぜひ参考にしてください。

書籍はこちらから購入できます。

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 ・楽天ブックス

15の教材について、主執筆者が自ら説明してくれたオンラインゼミから、お話の内容の要約を以下に記載します。
書籍を購入する際の参考にしていただければと思います。
(オンラインゼミのアーカイブは、Peatixからイベントにお申し込みいただいた方はご覧いただけます。)

No.1 林先生「人の作品へどうふるまう?」

林先生の実践は、小学校低学年の児童を対象に、「人が作った作品に対してどのように敬意を示すべきか」を考える授業を通じて、他者の創造物への感謝や尊重の態度を育むことを目的としています。子どもたちが将来的に創造的な活動を担う存在として、デジタル時代における基本的な価値観を養うことを目指しており、著作物や創造物に対する感謝や敬意を示す「クレジットを与える」という概念を低学年の児童にも伝えるべきだと考え、この実践を構築しました。背景には、林先生自身が創造活動への興味を持つ中で得た、「他者のアイデアや作品を尊重することが社会全体の創造力を支える」という考えがあったそうです。

ここから、 他者の創造物が自身の生活にどのような影響を与えているかを考え、社会の中で著作物を大切にし、尊重する態度を低学年から育むために、以下のような流れの授業を設計しました。

1. 導入:身の回りの作品への気づき: 教材や日常生活で使っているものがすべて「誰かの創造物」であることに気づいてもらい、身近な例を挙げ、子どもたちに「その作品はどのような思いで作られたのか」を考えてもらう /2. 展開:具体的な行動を考える:「作品に対してどのように振る舞うべきか?」という問いを投げかけ、児童に考えてもらう。子どもたちが日常的に使っているものを取り上げ、それらへの敬意の示し方を話し合い、実例をもとに、尊重や感謝の具体的な行動を考えてもらいます。/3. 振り返りと行動計画:授業で学んだことを振り返り、自分の生活の中でどのように行動するかを計画。 授業の成果を児童自身が言葉にして表現することで、理解を深めます。

なお、授業の中では、「尊重」や「感謝」といった抽象的な概念を、子どもたちが身近に感じられる具体例を用いて教えたそうです。また、学んだことを日常生活の中で実践できるように、具体的な行動目標を設定したそうです。

この実践を通して、子どもたち自身が将来的に創造者となる可能性を意識し、創造物を大切に扱う態度を自然と身につけることができたようです。

No2. 古矢先生「SNSの世界、『いいね!』の前に大切なこと」

小学生がSNS利用を通してデジタル市民性を学ぶための授業例として、東京都の離島である八丈島の学校での実践経験を基に、Google ClassroomやChromebookを活用した授業内容を紹介してくれています。当時は「コロナ禍の影響で、Google ClassroomやChromebookが導入され、すでに全学年が端末を持ち帰る環境が整っていました」(古矢先生)という状況でした。。

古矢先生の学校では、Google Meetやチャットを通じて児童同士のコミュニケーションが進む一方、グループチャット内での悪口やトラブルといった課題も発生していました。もちろん子ども達は利便性を十分理解していましたが、同時にトラブルが発生する要因として「デジタルツールの利用経験が浅い中で、自己管理や責任感が十分に育まれていない」という課題がありました。そこで古矢先生は、以下のような段階的な授業を実施しました。

1. SNSの模擬体験

「子どもたちに、SNSでの発信体験を安全な環境で行わせたいと考え、Padletというツールを活用しました」と説明。SNSのUIを模したクローズドな環境を提供できるため、児童が自由に意見を発信する場として活用。児童たちは夏休みの出来事を投稿し、友達と共有することで、SNSの楽しさを実感したのですが、その発信内容を振り返る際に古矢先生はどの情報を発信するのが適切か、なぜそう判断したのかを子どもたち自身に考え、他人の意見や保護者の考えを知ることで、自分の判断基準を見直す機会を提供したそうです。

2. 保護者との協力

その後、SNS利用に関する保護者アンケートを実施し、保護者自身もSNS利用に関して課題を感じていることが分かったそうです。具体的には「否定的なコメントに傷ついた経験がある」「リアクションを気にしてしまう」など、大人の視点での悩みが共有されました。子どもたちは「自分たちと同じように、保護者もSNSに対して不安や悩みを抱えている」と気づきました。

授業を通じて、子どもたちは次のような発見をしました。
リスクと責任の自覚
「ネットに投稿した情報には責任が伴う」「SNSの利便性の裏にはリスクがある」といった理解を深めました。
多様な視点の共有
「他の子どもたちや保護者の意見を聞くことで、自分の考えが相対化されました」と、古矢先生は生徒の変化を語ります。
相談する重要性
最終的には、デジタル市民性教育の基本である「立ち止まる、考える、相談する」という行動様式を自然に身につけることを目指しました。

古矢先生は、「SNSは単なるコミュニケーションツールではなく、デジタル社会での生き方を学ぶための教材でもある」と考えているそうです。授業後の振り返りでは、「保護者からも『SNSの危険性を正しく教えてもらえて安心した』という感想が寄せられ、家庭でも子どもと話し合うきっかけになった」と、家庭との連携の重要性を認識してくれたようです。

No.3 今度さん「ゲームを機嫌よくおしまいにする作戦を考えよう」

小学校3~6年生を対象に「ゲームや動画を機嫌よくおしまいにする方法を考える」という、子どもたちがメディアの価値を考えつつ、やめられなくなる仕組みを理解し、具体的な解決策を考えることを目的とした授業事例を紹介しました。ゲームや動画が子どもたちに与える影響は大きいものの、適切に利用するスキルが身についていないことに注目し、「やりすぎが他の活動に影響を及ぼす課題」を解決するための授業設計です。「ゲームをやめられない理由には、ゲーム会社や動画サイトが意図的に設計した仕組みが影響しています」と今度さんは述べ、子どもたちがその仕組みを知り、自分で対処する力を養ってもらいます。

授業は以下のような流れで行われました。

1. メディアの価値を考える:自分が好きなゲームや動画の魅力について子供達に考えてもらい、友達と共有。さらに「やめられない理由がその魅力とどう関係しているか」を考察。/2. やめられない仕組みを知る:ゲームや動画には「次のステージに誘導される仕掛け」や「おすすめ動画が自動再生される仕組み」があることを学び、「やめられない原因が、意思の弱さではなく、こうした仕組みにある」と理解することで、子どもたちは自己責任論から解放/3. 具体的な作戦を考える:子どもたちに「ゲームや動画を機嫌よくおしまいにする方法」をグループで話し合い、「おやつを用意して、やめたら食べる」「友達と時間を決めて一緒にやめる」 「アプリの自動再生をオフにする設定を使う」といったアイデアを検討/4. 作戦の実行と振り返り:実際に1週間、自分たちが考えた作戦を試し、記録用紙に成果を記入。「実行のしやすさ」を振り返り、無理のある作戦を改善する活動も実施。

この授業を通じて、子どもたちは「ゲームや動画の利用を自己管理する力」を養いました。また、保護者向けスライドを活用することで、授業の意図が家庭でも共有され、「親子でルールを作るきっかけになった」とのフィードバックも寄せられたそうです。

「やめられない仕組みを理解し、それと戦う具体的な方法を学ぶことが、子どもたちの健全なメディア利用に役立つ」と述べ、授業の意義を強調しました。

No.4 土信田先生「ネットいじめにどう立ち向かうか」

土信田先生は、児童がインターネット上で適切な行動を取るための考え方やスキルを学び「ネットいじめ」を未然に防ぐ力を育むことを目的としており、戸田市が推進している「情報モラル教育デジタルシティズンシップ教育への移行」の一環として行われた事例の紹介でもあります。近年、文部科学省の調査でもネットいじめが増加していることを受け、ネット上での誤解や行動の不一致が原因で学校内で問題が発生するケースが増えていることから、ネットいじめが発生する仕組みや、それを防ぐために自分たちにできることを考えるていきました。具体的な手順としては、

1. 導入:ネットいじめの事例紹介:ネットいじめの具体的な事例を子どもたちと共有し、「誰がどのような行動を取ったか」を考え、児童にネットいじめの特徴を理解してもらう /2. 三者の視点を考える:ネットいじめには加害者、被害者、観客という三者がいるとし、それぞれの行動や気持ちを理解する活動を実施。「なぜ行動できないのか」「どんな感情があるのか」といった視点を思考ツールを使って深掘り。/3. 行動を変える困難さとその克服:「自分から行動を起こすことの難しさ」について考え、それを克服する方法を議論。子どもたちに自分の行動を振り返り、具体的な解決策を考えてもらう/4. アップスタンダーの育成:ネットいじめを防ぐために積極的に行動を起こす「アップスタンダー(状況を改善するために行動する人)」を育成することを目標とし、児童が問題解決に向けた積極的な態度を身につけることを目指す

授業後の振り返りでは、児童たちから「加害者や観客の視点に立つことで、自分の行動がいじめを防げることを学んだ」といういう声があったそうです。また、保護者からも「家庭でいじめについて話し合うきっかけになった」といったフィードバックが寄せられたそうです。土信田先生は、「ネットいじめは誰もが無関係ではいられない問題であり、積極的に問題を解決する行動を起こす力を育てることが重要」と訴えました。また、この授業が「情報モラル教育からデジタルシティズンシップ教育への移行」を象徴するものであり、児童の成長に大きく寄与するものであるとも表現していました。

No.5 榎本先生「どうしたら『荒らし』を減らせるの?」

榎本先生の実践は、インターネットにおける「荒らし」を減らす方法をテーマにした授業で、教育現場とシステム管理者の両方の視点から、子どもたちがオンライン上の適切なコミュニケーションの在り方を考え、インターネット環境をより良くする力を養うことを目的としています。榎本先生は、数年にわたり複数の国を訪問し、教育現場の課題を考察した結果、「システムではなく、人々が自己実現を追求する力を持つことが重要」との結論に至り、オンライン上での「荒らし」を減らすために必要なスキルを身につけ、建設的な意見交換を促進するために以下のような授業を設計しました。

1. コミュニケーションの利点と欠点を考える:インターネットを利用する際のメリットとデメリットを子どもたちと共有。欠点だけでなく、利点を積極的に評価することで、インターネットの可能性を理解してもらう/2. 自己の行動を見直す:子どもたちに、自分がどのような行動を取れるかを問いかけ、具体的な改善策を考えてもらう。/3. カードを使った整理:カードを用いて、考えたことを視覚的に整理し、「反論する」のではなく、「Yes and」という建設的な姿勢を徹底してもらう/4. コミュニティ別の対応策を検討:教材「 責任のリング」を活用し、個人、共同体、公共の場という3つのコミュニティで考えるべき対応策を整理し、子どもたちは「隣の人のことを知らない」という現代的な課題にも気づき、身近な関係を深めることの重要性を学ぶ。

なお、この授業は単発で終わらせるのではなく、継続的に学ぶことが重要であるため、学校で学んだことを家庭でも共有し、保護者を巻き込んで学びを深化させる仕組みが組み込んだそうです。「荒らし」を減らすには単なるルールの適用ではなく、思いやりと関係性の構築によって達成されることを学んでもらい、保護者も巻き込む仕掛けを用意したことで家庭と学校の連携が効果的に行われています。

No.6 前多先生「自分の顔写真、どこまで公開できますか?」

SNS利用とデジタル市民性をテーマとした小学校での授業実践で、見切れ写真を利用してネット上の顔出しリスクを考えるというユニークな手法を紹介。前多先生は「これまで子どもたちが受けてきた抑圧的なネット指導が、必要以上にネット上の顔出しを避ける原因になっているのではないか」と指摘。子どもたちに自主的に判断する力を身につけさせる必要性を強調した上で、その手段として「見切れ写真」という、自分の顔の一部だけが写るよう意図的に設計された写真を活用し「顔写真をどこまで公開するのが適切か」を面積を基準に視覚的かつ具体的に考えます。

授業では、SNSや学校のホームページといった複数のシチュエーションを設定。子どもたちに「この場面ではどの程度顔を晒してもよいか」を考えてもらいます。実際の授業では「インスタグラムなら顔を出さない」「学校だよりなら一部だけ写す」といった具体的な意見が出されたそうです。この授業には保護者も参観し、多様な意見を共有した結果、子どもたちにとって「親が自分たちのことを案外心配している」「親の方が自分たちより開放的だ」といった発見にもつながったようです。

前多先生は、「SNSは悪ではない。むしろ、子どもたちがSNSを活用するスキルを身につけ、自分で判断できる力を育むことが重要だ」と結論づけています。

No.7 田中先生「写真加工を考える」

田中先生は、写真加工やディープフェイクといったデジタル技術が子どもたちの日常に与える影響を考え、自分の行動を意識的に選択する力を育むことを目的とし、「子どもたちがSNSやニュースで得た情報をそのまま拡散したり、写真加工に対する認識が不十分である中、ディープフェイクや過剰な写真加工が社会に与える影響を考慮し、デジタル技術の使い方に対する倫理的な視点を育む必要があるとして、設計されたものです。具体的には以下のような流れで授業が設計されています。

1. ディープフェイクの理解:ディープフェイクの事例を紹介し「AIを使って作られた動画や写真がどのように利用されているか」を具体例を通じて解説。田中先生は「ディープフェイクは悪用されることが多いが、医療や教育といったポジティブな用途もある」という説明も行い、児童たちに利点と問題点の両方を考えてもらっていました。/2. 写真加工の体験と比較:児童たちは自分の写真を加工し、オリジナルとの違いを観察。スマホアプリやプリクラを使った写真加工はディープフェイクと似た側面があるが、使い方次第で異なる影響を与えるという点を学ぶ。/3. 思考ツールの活用:ディープフェイクと写真加工の共通点や相違点を整理するため、シンキングツール「データチャート」を使用し、それぞれのメリットとデメリットを分析のうえ、どう活用すべきかを話し合う。/4. 責任のリングでの深掘り:ディープフェイクや写真加工が誰にどのような影響を与えるのかを「責任のリング」の教材で可視化。児童たちは、自分の加工した写真が家族、友人、社会に与える影響を考え、デジタル技術の使い方について議論した。

授業の成果と意義

授業を通じて、「 ディープフェイクのような高度な技術も、写真加工と同じように慎重に扱うべき」「 自分が加工した写真や動画の影響を考えることで、責任ある行動が重要」「デジタル技術の利点を活かしつつ、倫理的な側面を考慮」といった視点が身についたことが報告され、授業後の保護者からも「ディープフェイクという言葉自体を初めて知った」「子どもと一緒にデジタル技術の使い方について話し合う機会になった」との意見が寄せられました。

田中先生は、「デジタル技術の進化は素晴らしい可能性を秘めているが、それをどう使うかが重要」と述べ、「子どもたちが責任を持ってデジタル技術を活用できるようにするための教育が必要不可欠である」と強調しました。

No.8 今度さん「AIのバイアスに立ち向かう」

中学生と高校生を対象にした「AIのバイアス」をテーマにした事例では、生徒たちがAIが持つ無意識の偏見や課題に気づき、デジタル社会での批判的思考を育むことを目的としています。生成AIは非常に便利である一方、社会の偏見や多数派の意見が反映されやすいという問題に着目し、生徒たちがAIを使いこなすだけでなく、その背後に潜むバイアスを理解し、社会にどう影響を与えるかを考える授業を設計しました。具体的な流れは以下の通りです。

1. AIのバイアスを理解する:AIの特性を簡単に説明した後、「生成AIを使って画像を生成する」アクティビティを実施し、「AIが作る画像にどのような偏見やステレオタイプが含まれているか」を観察 /2. 質問を用いた分析:生徒たちは生成された画像を 「この画像は誰の視点に基づいているか?」「背景にはどのようなバイアスがあるか?」「この画像は誰に影響を与えるか?」といった観点で分析し、AIが反映する社会的偏見を具体的に捉える/3. 行動の提案とディスカッション:バイアスに立ち向かうための行動を提案し、グループで共有。

結果として「多様な視点を持つデータを取り入れる」「生成AIを利用する際に批判的に考える」といった提案が挙がりました。今度さんは、「AIは人間の偏見を反映するツールであると同時に、それを克服する可能性を持つ」と強調。授業を受けた生徒たちも「AIの利用には責任が伴うことを理解した」「社会に影響を与える技術に対する批判的視点を持つことができた」といった感想を寄せており、こうしたバイヤスを知ることの意義を強調しました。

また、学会で発表したデータによると、「授業を受けた生徒は、AIのバイアスに対する問題意識を2ヶ月後も保持していた」との結果が得られ、授業の効果が持続することが示されました。

No.9 森下先生「ジェンダー・バイヤスを乗り越える」

森下先生は、生徒たちが情報の受け手としての意識を高め、社会的なバイアスに気づき、行動を見直すきっかけを提供するために、デジタル社会における「無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)」について考える授業を提案しました。ジェンダーバイアスに関連する炎上事例や批判された広告などを題材とし、そこからジェンダーバイヤスを認識する機会があまり多くないことを伝えた上で、生徒たちに「まず気づくことが第一歩」と伝えます。加えて偏見や固定観念に気づくだけでなく、それを乗り越えるための具体的な行動を考えてもらったそうです。この授業は中学2年生と高校3年生を対象に行われ、学年ごとの発達段階に合わせて内容が調整したそうです。中学生には気づきを促す活動が中心であり、高校生には進路や将来の選択に関連付けたディスカッションを行ったそうです。

具体的な手順は以下の通り。
1. ジェンダーバイアスの認識:生徒たちに炎上した広告や問題視された事例を提示し、感じたことや考えたことを自由に話し合う。「ジェンダーバイアスとは何か」を定義し、「私たちの日常生活にどのように影響を与えているか」を考える。 / 2. バイアスへの気づき:無意識のうちにバイアスに晒されていることを意識する活動として、同じ事例を再度見直し、前回とは異なる視点で考察。一度目と二度目で何が変わったかを話し合うことで、生徒たちは自分の思考プロセスの変化に気づくことができる。 /3. 身の回りの事例の分析:自分たちの生活の中にあるジェンダーバイアスの事例を探し、それを分析する課題を通じて、具体的な行動に結びつける。例えば広告やSNSの投稿を例に挙げ、どのような偏見が含まれているかを議論する、等。 /4. 行動の提案:バイアスを乗り越えるために自分たちができることを考え、発表。高校生の場合、「法学部に進学してジェンダー関連の課題に取り組む」「日常生活で多様な価値観を尊重する」といった具体的な提案が挙がったそうです。

生徒の反応として、 「普段意識していなかった偏見に気づくことができた」「同じ事象でも異なる視点で考えると新しい発見がある」「自分たちの行動が社会に与える影響を考えるようになった」といった感想が寄せられました。

森下先生は、「現代社会において、この問題は非常に身近であるにもかかわらず、見過ごされがちです」と説明し、「授業を通じて、生徒たちがまず気づき、その上で何ができるかを考えるプロセスを大切にしました」と語っています。さらに「情報を受け取る際の批判的思考を養うことは、社会で主体的に生きる力を育む上で不可欠です」とも述べています。

No.10 黒澤先生「自分も他者も大切にするデジタル足あととアイデンティティ」

黒澤先生の実践は、ネット上の行動とその影響について考えさせるための教材「デジタル足あと」を中心に、子どもたちがオンラインでの人格や行動を自己認識し、適切な選択をする力を育成することを目的としています。黒澤先生は教育相談やカウンセリングの専門家として、多くのスクショ問題(スクリーンショットが原因でのトラブル)が子どもたちの間で発生している現状を指摘。そこで授業では SNSの利用時に起こり得る問題を理解させ、 問題行動に対する考え方を改善し、適切な行動を選択する力をつけてもらい、 ネット上での人格(デジタルアイデンティティ)の重要性を学び、自他を尊重する態度を身につけることを目的に以下の2種類の授業を実践されました。

第一時限:スクショ問題の検討

1. ABC理論を活用:出来事→認知→結果の流れを整理し、認知を変えることで結果を改善する方法を用いて、子どもたちに問題解決のフレームワークを示します。 具体例としては、SNSでの悪口メッセージがスクショされ、本人に伝わるというトラブル事例を取り上げ、子どもたちにその状況を考えさせます。 /2. 認知の流れを考える:子どもたちに、なぜスクショをして送ったのか、行動の背景にある認知を考えてもらい、行動を変えるための「認知の書き換え」の具体的手法を学んでもらいます。このでは子どもたちの内面的な自由を侵害しないことを大切にしつつ、具体的な行動の選択肢を議論してもらいます。

第二時限:デジタル人格と行動選択

1. 構成的グループエンカウンター(サイコロトーク):順番や話題をコントロールしたグループ対話を行い、安心して自分の意見を共有できる環境を作り、ここで子どもたちが「デジタル足あと」が自分や他人に及ぼす影響を話し合い、共有 /2. 創造的アウトプット:対話の結果を基に、自分たちの行動方針をポスターやキャッチフレーズとして表現してもらう。

この実践を通して、子どもたちは、ネット上での行動が他人にどのような影響を及ぼすかを具体的に学び、自己認識を深めました。また、保護者も含めた学びの一環として、デジタル足あとの授業を家庭で話し合う機会を設けるなど、学校と家庭の連携が進められました。子どもたちは「立ち止まって考える」習慣を身につけ、長期的なネットリテラシーの向上が期待されます。

No.11 笠原先生「身近なダークパターンに立ち向かおう」

笠原先生は、「ダークパターン」と呼ばれるデジタル環境に潜む不正な誘導や搾取的なデザインに気づき、対処する力を育む取り組みを紹介しました。インターネット上の仕組みを知識として学び、日常生活で活用することを目的とし、例えば「広告の閉じるボタンが極端に小さい」「メールマガジン購読がデフォルトで選択されている」などの事例への対処方法を考えます。「授業中でさえ、調べ物をしている生徒たちがダークパターンに遭遇する場面が多々ありました」と笠原先生は経験しており、こうした状況を放置すれば、生徒たちの日常生活でもさらに多くの問題に直面する可能性があると懸念を表明しました。

授業では、ダークパターンの概念を学び、具体的な事例を通じて問題を理解し、解決策を考えるアクティビティを実施しました。

1. ダークパターンの定義と事例紹介:冒頭で、ダークパターンを「利用者に不利な意思決定を促すデザイン」と定義し、具体的な事例として、広告を閉じるボタンが極端に小さく配置されているケース、キャンセルボタンが目立たないように設計されているケースなどを説明 / 2. 7つの類型の学習:ダークパターンの7類型を簡潔に解説し『隠れたコスト』『強制的継続』といったパターンが、どのようにして利用者の選択を誘導しているかを認識 /3. ケーススタディ:提示された事例を分析し、「どのようなダークパターンが使われているか」を考える活動を実施。/4. 対処法の検討と共有:「自分ならどう対処するか」を生徒たちに考えてもらい、クラス全員で意見を共有。

この授業を通じて、生徒たちからは「これまで気づかなかった仕掛けが実は誘導だったと気づいた」「仕掛けを知れば、騙されにくくなる」「自分が知識を持つことで、周囲の人にもその知識を広められる」といった声が聞かれました。

笠原先生は、「ダークパターンはネタを知れば無力化される」という特徴に注目し知識を得た生徒たちが、家族や友人とその知識を共有することで、オンライン空間全体を改善する力となることに期待していると言います。「この授業を通じて、生徒たちは単に消費者としてのスキルを高めるだけでなく、責任あるデジタル市民としての役割を学ぶことができました」と結論づけました。

No.12 長澤先生「テキストコミュニケーションを考える」

長澤先生は、高校生を対象にした授業実践の中で、日常的にSNSやチャットツールを活用する生徒たちが、デジタルコミュニケーションに潜む誤解のリスクや感情表現の難しさを体験し、適切な表現方法を考えてもらいました。学校内外で起きるテキストコミュニケーションのトラブルに注目し、「部活動などで複数のグループチャットを運営している生徒たちが、同じ部活内でもメンバーが異なるチャットをいくつも作成しており、トラブルが頻発していました」という事例を紹介。この問題に対処するため、キーボードアプリ「Simeji」を提供する企業と連携し、生徒たちと共同でテキストコミュニケーションに関する調査を実施しました。その結果、「音声に比べて文字だけのコミュニケーションでは、感情が伝わりにくく、誤解を生むことが多い」ことが明らかになりました。

調査結果を受けて、誤解を防ぐための注意喚起機能や、誤解を招く表現を柔らかい表現に変換する機能をSimejiと共同開発し、その成果を授業に反映しました。

授業は1. テキストコミュニケーションの特性を学ぶ:「音声と文字によるコミュニケーションの違い」について生徒同士で議論し、「感情が伝わりにくい」「誤解を招きやすい」などの特徴と、日常生活での具体的なエピソードを共有 / 2. 誤解を防ぐ方法を考える:生徒たちは、過去のトラブル事例や誤解を招きやすい表現を分析し、「どのようにすれば誤解を防げるか」を考えるワークを行います。具体例として、「柔らかい言葉遣いを意識する」「相手の立場を考える」といった改善案が挙げられました。 3. 実践とフィードバック 自分たちで考案した改善案を使って模擬的なチャットのやり取りを行い、フィードバックを受けるました。メッセージを送る前に、相手がどのように感じるか考える機会を与えることで、コミュニケーションの精度を高めるきっかけになったようです。模擬体験を通じて、「自分が使う言葉や表現を意識するだけで、相手との関係性が改善できる」といったポジティブな意見も出てきたようです。

長澤先生は、「SNSやチャットは、生徒たちの日常生活に深く根ざしていますが、その特性を理解し、適切に使いこなす力を身につけることが求められます」と指摘し、トラブルを未然に防ぐだけでなく、生徒たちが他者とのコミュニケーションを通じてより良い関係を築く力を育むことも、この教育の大きな目標です」としました。

No.13 樋井先生「パスワードを自分で設定しよう、管理しよう」

樋井先生が勤務されている特別支援学校の中学部では日常的にタブレット端末を活用した学習が行われていますが、生徒の端末やパスワードの管理は、教員や保護者が担うことが一般的で、生徒自身がそれを設定し管理する経験がほとんどありませんでした。しかし。生徒が自分でパスワードを設定・管理することは卒業後の自立に必要なスキルでもあり、パスワードの重要性や適切な管理方法について考え、忘れたときの対応策や他者との協力の方法を学ぶことを目的に、この授業は設計されています。

授業は1時間で6つのステップに分かれています。

1. 経験の確認:生徒に過去のパスワード使用経験を振り返ってもらい、現在の状況を把握したうえで「なぜパスワードが必要なのか」を考えてもらう。/2. 初期パスワードの使用:教員が設定した初期パスワードで端末にログインし、実際にパスワードを使用する体験をしてもらう/3. パスワードの重要性を考える:パスワードの役割や必要性について議論をしてもらい、「誰にパスワードを教えるべきか」などのルールを考える/4. 自分なりの管理方法を模索:ここで実際に自分のパスワードを設定し、管理方法を考える活動を通じて、実践的なスキルを身けてもらう/5. パスワードの設定:生徒自身が「アプリケーション」に使用するパスワードを設定する/6. 振り返りとまとめ:授業で学んだ内容を振り返り、次の行動に結びつける

この中で、パスワードを忘れた際の対応策をあらかじめ考え、周囲の助けを借りる方法も教えており、ときには生徒の支援レベルに応じて個別にサポートを行い、全員が成功体験を得られるよう配慮されたそうです。また、学校での学びを家庭でも活用できるよう、保護者への情報共有も行ったそうです。

結果として、これまで保護者や教員が管理していたパスワードを自分自身で設定し、管理する経験を通じて、端末利用がますます重要になっている家庭や社会に対応する準備が進み、卒業後の自立に向けた一歩となりました。保護者や教員にとっても、子どもたちを信頼して自主性を育むことの大切さを学べる重要な取り組みと言えるでしょう。

No.14 山崎先生「SNSってどんなもの?」

山崎先生は、特別支援学校の中学部で行ったSNS教育の事例を話してくれました。知的障害を持つ生徒たちがSNSを安全かつ適切に活用する方法を学ぶことで、生徒たちが卒業後、社会でより豊かな人間関係を築き、自立した生活を送るための重要な学びとして設計されたもので、知的障害を持つ子どもたちがSNSを使うことに対して、保護者や学校関係者の間で不安が根強くあること、具体的には個人情報の流出や誹謗中傷、悪意のある勧誘に巻き込まれるリスクなどを指摘しました。

一方で、山崎先生は、卒業後の生徒たちの生活を見据えた際にSNSの必要性を強調しており、特別支援学校を卒業すると、生徒たちが福祉事業所や就労支援施設に進むことが多く、日常的に友人や家族とのつながりを保つためのツールとしてのSNSが重要性を指摘。SNSを使わない選択肢がかえって社会的孤立を招く可能性を示唆したうえで「危険だから使わせない」というアプローチではなく、「安全に使いこなす力を育む」ことが、特別支援学校におけるSNS教育において非常に重要性であることを訴えました。

そこで授業では、SNSの基本的な使い方からリスクの回避、適切な投稿内容に至るまで、以下の流れで進められました:

1. ハンドルネームの作成:授業の初めに、生徒たちが個人情報を保護するための基本スキルとしてハンドルネームを考え、利用する練習を実施 / 2. SNS投稿体験:教育用SNSアプリ「Flipgrid」や代替ツールの「Padlet」を使用し、模擬的な投稿体験を実施。「校内で図形を探し、それを写真に撮って投稿する」という課題を通じて、SNSでの表現を練習。/3. 投稿内容の確認と話し合い:投稿された写真や動画の中に個人情報が含まれていないかを互いに確認し合い、ある生徒が自分の名前が写真に写っていることに気づき「名前が写っているのはまずい」と自ら判断できたといった、生徒たちの成長を実感したエピソードを共有 /4. ワークシートを使った振り返り:最後にSNSの良い点と悪い点を考えるワークシートを用意し、良い投稿と悪い投稿を分類する活動を実施

この活動を振り返り山崎先生は「保護者の多くは当初、SNS利用に対して否定的でしたが、授業を通じてその見方が変わりつつある」と述べています。保護者からは「SNSの危険性について具体的に教えてもらえて安心した」「子どもが少しずつリスクについて考えるようになった」といった感想が寄せられました。一方、生徒たちも「自分たちがSNSをどう使うべきかを考えるきっかけになった」「SNSを使う際のルールが分かった」といった学びを得たといいます。

山崎先生は、「知的障害を持つ子どもたちにとって、SNSは単なるツールではなく、社会とのつながりを築き、自立を目指すための大切な手段です。禁止ではなく、安全に使いこなす力を育てることが重要です」と言います。さらに「今回の授業を通じて、子どもたちが自ら判断する力を育み、社会的な責任を持ったデジタル市民となるための第一歩を踏み出せたのではないか」と語りました。

No.15 後藤先生「みんなに優しい写真を撮れるようになろう」

後藤先生の実践は、特別支援学校の中学部の生徒を対象に、写真撮影を通じて他者への配慮や適切な情報共有の在り方を学ばせることを目的としています。タブレット端末が1人1台配布されたことで、子どもたちが写真を撮影・共有する機会が増えましたが、配慮が不足した写真撮影や共有が問題となることもあります。そこで、他者を不快にさせない写真撮影の仕方を学び、写真の共有に際しての適切な判断力を養うとともに、情報リテラシーの一環として、情報発信の責任を考える機会を提供する目的で、今回の授業が設計されました。具体的な構成は以下のような流れになります。

1. 導入:問題の提示:動画や写真を用い、「不適切な写真」と「適切な写真」の例を提示。不適切な事例である写真に写り込んだ背景や他者の気持ちに気を配らないことで生じる問題点を考えさせます。例えば「無断で他人の私物が写った写真」や「配慮不足でプライバシーを侵害する写真」など。/2. 実践:写真撮影の練習:生徒がペアやグループで写真を撮影し、実際の状況で配慮を意識する練習をします。 写真を撮る前に相手に許可を取る、背景に注意するなど、具体的な行動を学びます。/3. 比較と分析:撮影した写真を「配慮があるかどうか」という観点で比較・分析。適切な写真と不適切な写真を評価し、改善点を考えます。/4. まとめ:振り返りと行動計画:生徒自身が学んだ内容をまとめ、「みんなに優しい写真を撮るための行動指針」を立てます。その上で、家庭や学校で活かせる具体的な行動目標を設定します。

この事例では、実際に写真を撮影する活動を取り入れることで、生徒に具体的な行動を経験しつつ、他者への思いやりや注意深い行動を自然に身につけることを意図している点がポイントになりそうです。生徒は、写真を外部に見えるように「発信」した際に問われる責任や適切な判断の大切さを理解してくれたようです。また、学んだ内容を家庭でも実践できるように指導を行なったということです。この活動は、特別支援学校の生徒だけでなく、すべての子どもたちに応用可能な学びとして広く展開する価値がありそうですね。